大商人の妻、お静と言えばその国の山向こうに至るまで名の知れた女性だった。
『男好きのお静』という名で。
この国一番の大商人を父に持ったこの女は金に不自由せず育ち、
顔立ちも悪くなかったせいか、この娘は早くからその性格の片鱗を見せはじめ
成人する歳になり、婿を迎えてからも、その趣味を隠す事無く過ごしていた。
しかし、そんな表だって出せない道楽であるにもかかわらず、誰も口を挟むものは無かった。
それは、ただ大商人の娘だからと言う理由だけではなかったのだった。
そんな話があるところで、一人の若者がお静の住む大きな屋敷に招かれた。
…新しい雄型の淫具として。
屋敷の者に導かれるまま、おどおどと小さく縮こまって大きな部屋に通される。
襖がすらりと開け放たれると…その広く広がった畳の向こうに、この屋敷の女主人が居た。
赤い杯を片手に、酒をその唇の中へ流し込むその姿は、育ちのよさを感じさせる
優雅な雰囲気と相まってそれだけで男心をくすぐるものではあったが、
如何せん、客を迎える格好としてはお静自身そのものに問題があった。
一切の着物を身に着けず、あらゆる部分を丸出しにしたまま若者を迎えたのである。
「おお…遅かったな。徳利の中身が空になってしまうところだったぞ。」
初顔の男性が目の前に居ると言うのに、お静は全くその姿を気にする事無く
酒をあおり続けていた。
「ふふ…、この姿が気になるのであろう?気にする事は無い…。
どうせこの後直ぐ脱いでしまうのだ。事を終えるたびに一々着なおすのも面倒だからな…。
それにお主もこの身体に見入っているのではないか…?」
悲しいかな、女性の裸に対して視線を外せずにいる若者は何も言えずに身をすくめた。
お静は、そんな心中をよく察していて、ふらりと立ち上がると若者へと足を進める。
酒に酔った、おぼつかない足取りのせいか、それともわざとか…
お静はその裸体を若者の身体へと倒れこませた。
その、唐突な展開に若者の自制心が蘇る。
「おっ…お静様…っ!このお話に乗った身でこの様な事を申し上げるのは
おかしな事ではありますが…やはり、旦那様の有る方とは…。」
しかしお静はそのもたれ掛けた身体を押し付けたまま動かず、
酔いで火照った身体と吐息を若者の首筋に当てながら、こう答えた。
「心配するな…奴は役立たずじゃ。商売の才能があるから家に置いてやっているだけの事。
奴はそちらの才能の代わりに、男のとしての才能はどこかに置いて来てしまったらしい。
…驚くほど使い物にならなかった。その辺の童貞男のほうがまだ上手かったわ。」
本当に忌々しい、あの男と一度だけ寝てやった夜の記憶を思い出しながらお静は続ける。
「で、お主も知っての通り、私はこのように…そちらの趣味だけで生きているような女でな。
その腑抜けっぷりにあまりに頭に来て…直ぐにでも叩き出してやりたかったのだが
金儲けの道具として奴を置いてやって欲しいと親類縁者全員に頼まれてな。
まぁ…確かに、奴が金を稼いでこなければ、この酒も飲み続けられぬし…。」
そんな鬱陶しい思いを断ち切るかのように、杯の酒を飲み干した。
「…仕方なく置いてやる条件として出したのが…この道楽を今後も認めること、じゃ。
今思い出しても、あの男の苦渋の表情…笑いが止まらぬ。
妻がこうして知らぬ男に抱かれ、喘ぐ姿を認めろと言うのだからな。
それもこれも、奴自身の不甲斐なさが原因なのだから仕方ないがな。
だからお主は…心配せずに私と交わるが良い。お主のソレが気に入れば、褒美も出る。」
この言葉に、若者は少しの期待を示すような顔を見せるが、
お静はその油断を少しでも塞ぐように厳しい顔つきで一言付け足した。
「…但し、あの男と同じような物持ちだったら…お前は二度とこの屋敷から帰る事は出来ん。
そこは、よく覚えておけ…!」
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